ほとんどの方がご存知だと思いますが、スイスメジャーブランドの一角を担うブライトリングが、イギリスの投資ファンドに買収されました。
力強く上昇していたかに見えた銀の翼の失速・・・時計界全体の景気が落ち込んでいると言われている中、この出来事は今後どのような影響をもたらすのでしょうか・・・?
今年(2017年)の4月28日に英投資ファンドであるCVCキャピタル・パートナーズはブライトリングの買収を発表しました。
ブライトリングは1978年にパイロットであったアーネスト・シュナイダーが、創始者一家のブライトリング家から引き継いだ形で経営されていましたから、実はといえばブライトリングの身売りはこれが初めてではないんですよね。
ブライトリング家が経営していた時も一時社長が不在である状態があったくらいなので、元はと言えば経営陣がコロコロと変わってきた会社ではあります。
ただ、2000年代に入ってから急激に外装のレベルを向上させ、数年前には自社ムーブメントを開発し、メジャー・メーカーの中ではブランド力、そしてその時計のクオリティー共に力強く上昇していたイメージがあったメーカーが突如の買収劇・・・。
CVCキャピタル・パートナーズはシュナイダー家から株式の80%を取得し、買収額は公表されてはいないもののCVCはブライトリングの企業価値を8億ユーロ(約970億円)超と評価したとのこと・・・。
聞いたところによると、買収した投資ファンドの性格から判断するに「短期的にブライトリングを利用するだけ利用して、魅力がなくなったらあっけなく手放す」というようなことはしないだろうとは言われています。
ただ、日本では時計ブランドとしてかなり知名度を増してきたブライトリングも、海外ではそれほどの勢いはなく、日本での市場がかなり頼みの綱であったことは確実で、今後並行輸入品に対するメンテナンス差別や、正規品購入者を「クラブブライトリング」で囲い込む戦略などをどうしていくのか・・・そこが気になります。
CVCキャピタル・パートナーズが評判通り、時計メーカのブランド性というものを長期的な視点から判断して経営戦略を構築してくれるのであれば大丈夫なのでしょうが・・・
しかし、こういった金融系&投資系の企業による買収劇は、買収した企業の状態を判断するのに数字を重視するケースが多いのもまた事実で、「即、利益!」に結びつかないメンテナンス部門などに何らかのメスを入れてコストカットを断行することになれば、これは問題です。
今までブライトリングの正規品を買ってきた人に対するクラブ・ブライトリングの待遇はそのままなのか・・・
まだ買収して間もないだけにしばらくは結果は見えてこないでしょうが、年月を重ねていくごとにどうなるのかは誰にも読めない事なのでは・・・と思います。
僕は以前の記事でも書いた記憶があるのですが、ここ数年のブライトリングの企業努力は相当のものであったのだろうと思います。
外装のクオリティーをかなりのペースで向上させ、並行して自社ムーブメントの開発、そしてマスコミを徹底的にプッシュしたPR活動・・・。
この3つを同時に、2000年代に入ってからかなりハイペースで行なってきたため、ブライトリングのブランド性が上がったのはもちろんだと思うのですが、メーカーとしてのブライトリングにとっての負担も非常に大きなものだったのでは・・・と思います。
結果としてブライトリングが生み出す時計は素晴らしいものになりました。
僕自身の今まで時計に触れてきた感触では、メジャーブランドの中で外装の仕上げの質、ムーブメント、使いやすさなどの観点からトップブランドを3つ挙げろと言われたら、ロレックス、IWC、ブライトリングになります。
もちろん他にも素晴らしいメーカーはいっぱいあるのですが、メジャーブランドたるものまず実用に耐えるものでなければならない。
そして雲上には及ばなくても仕上げは水準以上であり、使いやすく、仕上げの質もいいとなると少し飛び抜けてロレックス、そして技術屋集団のIWC、最後に生産するモデルの多くに自社ムーブメントを搭載し、外装の質も標準以上であり、知名度も最近上げてきたブライトリングがくるのです。
確かに最近オメガは急速に時計のクオリティー、ブランド性ともに上がってきましたが、外装の質、使いやすさに後一歩の詰めの甘い部分がある・・・
パネライはその優れたデザイン性でこれまた急激にブランド性を上げてきたものの、その原動力はいびつな生産制限という演出がかった要因によるところも大きく、機械的な詰めも甘く、クオリティーに対しての割高感も顕著であり、最近のブランド性の失速は中古市場の買取相場の大幅下落からも明らかです。
タグ・ホイヤーはすごく頭のいい経営をしている印象ですが、まだまだ後一歩のところでブランド性に「軽い」イメージがある。
ゼニスは機械的な強みがあり、外装などにも努力の跡がうかがえながらもやはり使いやすさに今一歩のところがあり、「これは市販既製品のレベルかな・・・?」と思えるようなところがあったりする。
ジャガー・ルクルトにもまた機械的な強みがあり、雲上3ブランドにムーブメント供給経験がある本格派ブランドですが、ブランド的に「メジャー・ブランド」と呼ばれるメーカーが対象としている顧客層とはちょっと違ったところをターゲットにしているように思えます。
メジャー以上、雲上以下といった感じなんですよね。
市場としては本当に頼りにしているはずの日本において、アンチには本当に豪快な嫌われ方をしているブライトリングですが、時計のクオリティーとしてはメジャーブランドの中では少なくともトップ5に入ることは確実で、かなり確かな物作りをしている印象です。
好みの問題こそあれ、もし「ブライトリングの時計が買いたいんだけど、どうかな?」と尋ねられたら、間違いなく「クオリティーを考えるなら良い」と太鼓判を押します。
でも・・・個人の好みの問題はどうしようもない・・・
失速したブライトリング・・・時計の外装やムーブメントのクオリティーだけではうまく行かない難しさ・・・
その原因が、強みでもあり弱みでもあるこのブランドのデザインを含めたキャラクターにあるのは明白なような気がします。
そもそも航空時計というキャラクターが特殊なんですよね。
確かに男の子は飛行機好きが多いけど、時計なるもの趣味品であるとともに、日常生活の道具であるわけで・・・
このキャラクターでありデザインである時計を果たして何パーセントの人が日常のお供として買うのだろうかと・・・
しかも、控えめが好きだけど、良いものを持っていると気づいて欲しいという嗜好を持った日本人にとってはわかりやすいほど安易な「全身ギラギラ鏡面仕上げ」というアピール方法。
さらに、ラインナップの多くの時計が横綱クラスの重量級か、老眼にはきつい計算尺付き・・・(笑) メジャーラインナップが100万円台の価格に届こうとしているモデルが多いのに、その顧客層は時計の重さや見易さにそろそろ気を配る年代・・・
いくら外装やムーブメントのクオリティーがよく、企業が真剣なプロモーション活動を行なっていても、このブランドの時計のキャラクター、そして顧客のターゲッティングのズレが、その努力を大きく相殺してしまっている印象です。
日本を有望な市場だと思ってくれたことは百歩譲って「嬉しい」と言っていいのかもしれませんが、そもそも日本人の性格を理解していたのだろうかと・・・(笑)
どれだけクオリティーを上げていい時計を作っても、このギラギラはやっぱり躊躇います・・・
一生のうちに食べるものも我慢してこんな時計を何本も買う時計キチは僕を含めて本当に一部の人間であり(笑)、普通の人は一本あれば十分なわけで、その一本にこれを買うだろうかと・・・(笑)
ブライトリングが本気モードで日本市場の開拓を狙っていたのであれば、3針のシンプルでありながらクオリティーがいいモデルを一本用意して、それをキムタクに着けてもらう方がよっぽど効果があったのでは・・・と思います(笑)
少なくとも大昔にサタデーナイトフィーバーで大売れした某ハリウッド俳優よりも効果があったのでは・・・
ブライトリングがここ数年取ってきた戦略・・・まず目に見える外装の質を上げていき、それと並行して広告を使ったプロモーション活動で認知度を広めていき、最後に一発必殺の自社ムーブメント! そしてそこから一つ上のランクのブランド性を狙うというのは時計メーカーとしてはごく当たり前であり、当然の戦略であったとは思います。
でも、それが必ずしも功を奏さなかったのでしょう。
その原因はひたすらこのブランドの特殊性であったと思えます。
この特殊性がこのブランドの強みでもあり、弱みでもあったので、それが難しいところだったと思うのですが・・・
思えばパネライなんかもかなりの特殊時計です。 ただ、元々のデザインがシンプルであるだけに、ファッションアイテムになりやすいという大きなアドバンテージがあった・・・
でも、ブライトリングの場合は全体の服装から大きく浮いてしまうほどのギラギラ感・・・
そして、そのデザインのラインもまるでロビンマスクのような甲冑を思わせるもの・・・
特殊な中でもさらに癖が強い方へと大きく振ってしまっています。
もちろん、その特殊性、癖の強さが強いこだわりを生み出し、猛烈なファンを引きつけていることも否定はできないのですが、それでもこの結果を見てしまうと、そこに惹かれる猛烈なファンのパーセンテージは思ったよりも少なかったのでしょう。
もしくは思ったよりも早く他のブランドに目移りしてしまったのかもしれません・・・
時計好きの中でも、やはりこのブランドオンリーでラインナップを通している人はあまりいないような気がします。 大抵数本の中の一本としてこのブライトリングを選んでいる人が多いと思えるのです。
それを考えると、メジャーブランドとして表舞台に出るべく必死の努力をしたブライトリングですが、時計のキャラクター的にメジャー性がなかったのかも・・・と思えるのです。 良い意味でも悪い意味でもこだわりの時計です。
もちろん、これだけの企業努力によって投資を繰り返した後に、時計業界の景気失速を食らってしまったことも大きいとは思いますが・・・
ひょっとしたらシュナイダー家は、この時計の特殊性の限界が見えてきていたのかな・・・とも考えてしまいます。
もともとパイロット出身であるシュナイダーの一族は自分たちのオリジンにそれなりのこだわりもあったでしょう。
そして、リシュモンやスウォッチなどのグループにも属さない独立系としては十分すぎるほど努力をしてきた・・・
ただ、一流メジャーブランドとして恥じないレベルまで上昇してきたところで、そこから自分たちの時計の特殊性ゆえに限界が見えてきた・・・
時計のクオリティー的には文句のないところまで上がってきたはずなのに、時計業界の景気後退と重なったとはいえ、そこからさらに上空が見えなくなった・・・
ここまで努力してきていながらも、そこから上には上がれない・・・原因は外装でもムーブメントでも知名度でもない・・・
じゃあ、他の原因は・・・となると、自分たちのブランドの特殊性しかなかった・・・
でも、その「航空時計」という特殊性は、いわば自分たちのオリジンに等しいもの・・・
それを捨てる・・・とまではいかなくともその色を薄める・・・というのは、選択肢にはなかったのでしょうか・・・。
結果としてヘルメットを脱ぎ、退役することを選びました。
次に操縦桿を握るのはイギリスの投資エキスパート・・・
ブライトリングは再びさらに高みを目指していくことができるのでしょうか・・・?
いつもお読みいただきありがとうございます。 感謝!!